就職するまでのおはなし②と職場のおはなし
※前回前回言ってすが、前々回の話の続きです。
元無職です。
前回は就職するまでの話を書こうと思って、晴れて無職になるところで4000字を越えちゃって、テキトーにお茶を濁して終わりました。
このブログはつれづれなるままに よしなしごとを書きつ、あやしうこそものぐるほしかるを構わず書き散らしたものです。
要するに、目次とか置いてそれっぽくしてるけど気分で書いてます。
超無計画に書いてます。
では、今回のもくじです()
今回は、
就活は5分で終わった
ブラックでもホワイトでもない弊社のおはなし
の2本立てです。
3月某日。曇り、風速50センチ。やや肌寒い。
さて、大学をやめて、きっと喪失感に襲われるだろうなと思ってましたが、その日はすごく晴れやかな気持ちでした。
発達障害ってのは一言でいうと成長が遅い人です。
身体障害や精神障害じゃなく、社会性の発達が遅い(もしくは見込めない)人のことです。
私も大学をやめてしまうまで、なんだかんだ精神的に両親にめちゃくちゃ依存していたと思います。
それは前回の記事を編集していて思いました。
大学をやめて、一応その時点で日銭は稼げる状態ではあったんですが、いよいよ両親と自分を繋ぐものがなくなって、本当に自由になって。
すごく晴れやかな気分でした。
自分の再受験や、大学生活を支えてくれた人たちには本当に悪いと思うけれど、学部事務室に退学届を提出して校舎から出て一番に感じたのは、こんなに外の風は気持ち良かったのかということ。
支配からの卒業。
盗んだバイクで走りだす。
色んな言い方はあると思いますけど。
なーんだ、今までの悩みってこんな紙切れ1枚でそよ風に変わるんだ。
こんな簡単にリセットできるんだ。
と思いました。そして、
これでやっと人間になった
とも。
これも前回書いた通り、ド底辺の世界では上の方にいられる身だったので、
いざとなったら泥水すすって生きていけばいいや。
そう思うと、なんだかこれから先もなんとかなる気がしました。
就活は5分で終わった。
大学をやめてから数カ月、実際は大学をやめる前後1年間くらいの間もですけど、バイトで日銭を稼ぐ生活をしてました。
日雇いって意味じゃなくて、収入的になんとかやってけるって意味。
年金と保険ってやべぇと思いました。
私のADHD治療薬は払ってくれないのに、こっちにはきっちり払わせるんですね。社会保障のド鬼畜野郎。
いや、言うまい。社会保障制度ってのは私なんかよりもっと大変な思いをしてる人たちのためにあるんだ。
社会生活じゃなく、日常生活に支障をきたしてる発達障害の方を思うと、いたたまれなくなります。
でも妊婦さんの診療費は全部タダにしてやってくれ。
(唐突すぎる)
さておき、就活の話。
私の就活は
「うちの事業所人手足りてないっすよねー。私大学やめたんで社員にしてくださいよー。」
「いいよー。」
で終わりました。
(実際はもうちょっといろいろあるんですが、身バレが怖すぎるんでやめます。)
世の中の就活生の方々、本当にごめんなさい。
でもあえて言おう、リクルートとかマイナビとかに中間搾取されるだけの就活なんてやめよう。
仕事しだしてちょこっとですが経営にも関わって、マジ就活産業ってボロいなって思います。
だって商品である大学生が身銭切って来てくれるんですよ?
ボロすぎでしょ。普通に考えて。
それを考えたら何か月も就活とかできないっすよ、マジで。
拾ってくれたベンチャーがホワイトでもブラックでもなかった話
そんな就職の仕方だったので、さぞヤベー会社なのだろうと思われるでしょうが、案外そうでもありませんでした。
aboutの方にも書きましたけど、頭のおかしい人ばっかりいるベンチャーなので、多少ADDなくらいじゃなんも言われません。
誰も期限を守りません。
会議で言ったことは基本忘れられます。
でも腕力はある人ばっかなので現場レベルでなんとかしてます。
そういう会社です。
ていうか、だいたいの会社ってそういう風に回ってるんだなと思いました。
うちはベンチャーなので、そういう弱さに甘えて最低限現状維持をするも良し、ゴリゴリにプライベート削ってスキルと収入上げるも良しってかんじ。
私は現状やや後者に寄ってます。
というか仕事が出来なさすぎてまだちょっと後者に寄るしかないってかんじです。
最近ちょっと余裕ができて、わりと週ごとにホワイトかブラックか選べるようになってきてます。
おかげで身の回りが落ち着いてきて今に至るって感じですね。
未来設計は実現可能性をとりあえず置いといて、いくつか考えてます。
どこに行くにしてもお金がいるので、まずはお金をきちんと貯めて、選択肢を増やすことから始めようと思っています。
明日のわが身も知れぬその日暮らしから、随分と良いご身分になったもんだなぁと思います。
まぁでもこないだ過集中が来てくれたとは言え、まだまだ自分が幸せだなぁとか、満たされてるなぁとか思えたことはここ数年一度もないので、やりたいことをやってなりたい自分になれる日々を目指して、今は頑張ろうと思っています。
そんなわけで、「30代無職だったけどなんか働きだした」私の日々が始まります。